何か間違っている
「AC」である事
カゴの中の鳥
「産んでくれてありがとう」という言葉
つい先日、46歳になったワタシ。
昨年までは、お誕生日付近になると
やっぱり気付いてもらいたくて
「お誕生日です!!」
オーラを振りまいていたんですが。
今年は、そんな事もどうでもよくなったのか?淡々とお誕生日を迎え
まぁ、人知れず46歳を迎えてもイイかなぁ。。。なんて思ったりして。。。
でも、予想外?にも皆 覚えててくれて、、、
メールやら、お手紙やら、ケーキやら、、、
ホロリとくるプレゼントがあり
とっても嬉しかった。
最近、ワタシと衝突ばかりしている娘も
「覚えてたけどねっ。12時過ぎちゃったし。プレゼントはまたねっ。お小遣いまだ、もらってないしっ。」
言葉のはしに「っ」が入るような口調だけど、、、
「おめでとう。」って言う意味だよね。
息子のような娘だなぁ。。。
そんな、こんなでも心が「ほっこり」するような良い気持ちだったんだけど。。。
母はね、、、
「お誕生日は、親に対して 産んでくれてありがとう!!と感謝する日だよ。」
毎年、毎年、ワタシに言う。
何歳になっても。。。
『産んでくれてありがとう』と言う言葉は、
産んだ人が言うのではなく
産まれた人が言う言葉。
何時になっても、母は自分中心の見方でしかワタシを見ない。
何時になったら
『産まれて来てくれてありがとう』
と言ってもらえるのかなぁ?
ワタシが心から
『産んでくれてありがとう』
と思える日、言える日が来たら?かなぁ?
言う人によって随分と変わる
『産んでくれてありがとう』と言う言葉
間も無く、娘のお誕生日。
ワタシは娘に
「産まれて来てくれてありがとう!!」
と、心から言ってあげよう。
自分の『トラウマ』は娘には関係ない。
言葉
「ものの言い方」一つで
受け方に大きな違いが出る。
どんなに勉強が出来ても
「ものの言い方」が一辺倒で
有りのままとはいえ
ズバリその否定的な言い方しか出来ないのは
悪意があるのか?思いやりが無いのか?
何れにせよ受け側は
気持ちの良いものでは無い。
先日の「ひとりごと」で
『どんな事でもプラスに変える』
を実行するのであれば
「自分は言葉の使い方には細心の注意を払うべき」と気づけた事。。。にすること。
そして、一つの言葉でも別の言い方が出来る様
「自分のボキャブラリーを増やす努力をする」と気づけ事。。。にすること。
特に、この様に「文字」になるときは。。。
言ってる矢先から
「事」「事」の多い変な言葉だケドヽ(´o`;
「言葉」一つで人は大きく変わる。
どんな事でも「プラス」にする
自分に対して、他者からの意見
不愉快だと憤る前に
この事の意味を考えてみる。
考え方次第で、
どんな事でも「プラス」にする。
両立
仕事も家庭の事も
一生懸命やろうと思えば思う程
「両立」なんて出来なくなる
仕事も好きだし、
家庭の事も好きだし、
どちらも上手くやると言う事が
出来ない
悩んだ事もあったけど
結局だした、私の結論
「両立」しなくて良い
「その時やるべき事を全力でやる」
事にした。
二兎追うもの一兎をも得ず
*こんな風に考えられる自分の立場が「幸せな立場」なのかもしれない。。。と思うと気が楽になった。